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――啓二、何故その人だけ着信音をわけてるの?
――どうして電話を取らないの?
訊こうか、どうしようかと悩んだ末に、今日子はそれを口に出さないでいた。
訊かなくても、何となく予想がついたからだ。
きっと元カノだ。
その着信を、今日子は取らないでいてほしかった。
鳴り響く着信音は、やがて止まった。
けれど、ホッとしたのも束の間、意志の強さを見せつけるように、また鳴り始めて。
啓二がさり気なく寝室へ移動し、コール音は鳴り止んだ。
いま頭を悩ませているのは、あのとき、この部屋に篭って何を話していたのか。
その内容の方だ。
「――上の空だなあ」
上に乗っかっていた啓二が、ため息まじりの声を出し、ごろんと脇に転がった。
その気配で、今日子はハッと我に返った。
「ああ、ごめん」
「いいさ、今夜は大人しくしとくかなぁ」
啓二は口の端をあげて笑い、今日子の髪に指を伸ばしてきた。
根元から毛先へと、緩やかに梳いていく。
目覚まし時計の針が、夜10時を指している。
思ったより早い時間に、まだそんな時間だったのか、と今日子は声に出さずに呟いた。
静寂が部屋の闇を深くして、啓二の顔を翳らせている。
その冴えない表情が、今日子を一層不安にさせていた。
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