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頬づえをついて空想にふける今日子の頬に、ふと啓二の温かい指先が触れた。
指先は頬を滑り、口唇の輪郭をなぞっている。
「今日子」
急に名前を呼ばれて、今日子は目だけで啓二を見上げた。
そこには先ほどまでとは表情の違う、啓二の眼差しがあって。
彼は思いつめたような目をしてじっと今日子を見下ろしていた。
「……どしたの?」
啓二は何か言いたげに口を開き、けれどためらったのか、すぐに口を結んだ。
そんな彼の様子は、深刻な話を切り出そうとしているのが察せられて。
いきなり硬い表情を見せる彼に、今日子は不安になってベッドの上に起き上がった。
啓二が黙り込むと、外で荒れ狂う台風の気配が、一層強まった気がした。
梢のざわめきや窓ガラスを叩く雨の音が、風のうなりにまじって聞こえてくる。
金魚の風鈴が隙間風に揺れ、微かな音を寝室に響かせていた。
啓二は突然、張りつめていた風船が萎むように肩を落とし、大きなため息をついた。
「やっぱり、やめた。何でもない」
「何それ! すっごく気になるじゃん。言っちゃってよ!」
普段軽口を叩いてばかりの啓二が、ためらっている。
一体どんな内容なのかと、今日子はひどく気になった。
もしかすると、都合の悪い話を打ち明けようとしているのかもしれない。
そんな気がした。
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