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やがて。
さんざん焦らされたあとに、
「じゃあ、一つだけ言おうかな」
と啓二が呟いた。
しかし、その頃にはもう遅くて。
今日子の脳内では、とんでもなく邪悪なストーリーが組み立てられ、啓二の話を聞くどころではなくなっていた。
少しでも傷つかずに済むように、自己防衛機能が作動したのだろう。
いずれ訪れる事態に備えて、予防接種をするみたいに、今日子は最悪な展開をいくつも思い描いていた。
『元カノに子供ができたんだ。オレの子だ』
――もし、こんな話だったらどうしよう。
悪い想像をすればするほど、逆に啓二の話を聞くのが恐ろしく思えてきて、
「あのさー」
「たんまっ!」
今日子は慌てて啓二の口を手で塞ぎ、続く言葉を遮った。
「やっぱり聞きたくない! もう寝る」
啓二は大きく目を見開き、数回立て続けに瞬きをしていた。
けれど、すぐさま今日子の手を振り払い、怒ったような声を出した。
「なんで!? 人がせっかくその気になってんのに。いいから聞けって」
あんなに言いよどんでいたくせに、勝手なものだ。
啓二は一度思い立ったら口に出さずにいられなくなったのだろう。
両耳を押さえてシーツに潜り込んだ今日子の布団を引き剥がし、上に跨ってくる。
「聞かないってば! しつこいなぁ」
「しつこいのはお前の方だろ。とにかく、聞け」
今日子は上から押さえ込もうとする啓二をキッと睨みあげた。
頭の両脇につかれた腕は、まるで檻のようだ。
こんな風に組み敷かれてしまえば、今日子の力では、もう抗えない。
啓二がいまから放つ言葉のつぶてを、避けられない檻の中で受け止めるしかないのだ。
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