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今朝の風は梅雨の重さを含んで、今日子の夏服を湿らせた。
元々が新しいわけではない校舎は、暗く灰色がかっていてどことなく陰気だ。
そこから聞こえてくる陽気な声が、逆に不釣合いな感じさえする。
2年生から進学希望か就職希望かで分けられる、ここ、愛媛県立八幡高校での今日子の所属は2-E。
就職クラス。
全体の30%しかいない就職希望者用の校舎として与えられているのが、目の前にそびえる3階建ての校舎だ。
下駄箱から階段へ、そして廊下へと移動する間も、いかにも進学する気のなさそうな生徒がそこかしこにたむろっているのが見える。
彼らはそばを通る他の生徒達を眺め、SHRまでの時間をつぶしているのだ。
今もホラ、見られているのが気配でわかる。
無遠慮にジロジロと観察してくる奴もいれば、
まるで見ていない風を装ってチラ見してくる奴まで、タイプは色々。
そして人が通り過ぎたあとに、噂話を始めるのだろう。
何か言い合っているのが聞こえてくる。
今日子の方も慣れたもので、
自分がどんな風に言われているのか大体把握している。
〝まあまあ可愛いけれど特定のカレシは作らない、スカした女〟
――これがイメージらしい。
人は自分の好き勝手に想像して、決めつける。
話したこともないくせに、人格までをも外見と結びつけて。
まあ、好きに噂すればいい。と、今日子は鼻を鳴らした。
実際のところ、今日子の人間性は、噂ほど冷めているわけではない。
スカした女、は一理あるかもしれないけれど、カレシが欲しくないわけではないのだ。
恋は追いかけられるよりも、追いかけたいのだ。
つくされるよりも、つくしたい。
たまに告ってくれる男子もいるけど、どうもその気にならないのは、きっとそのせいだ
――と今日子は思っている。
ただ、
〝いつかハマるような人と出会いたい!〟
と願いながらも、きっかけを作る努力は一切していない。
それがカレシのできない、一番の原因かもしれない。
廊下の窓から吹き抜けた風に今日子の長い髪が泳いだ。
それに誘われた男子生徒が、また一人振り返っている。
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