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「たださー、ひとつだけ問題が! あたしそのバイトをした時、サバ読んでたから……」
「は?」
「だってホラ! お姉ちゃんの名前でバイトしたから。相手の人たち、あたしのことを3歳上だと思ってるんだよね」
3つ、ということは――と、今日子は指を折った。
「ハタチ?」
「うん、コンセプトは20歳の派遣社員。あたしの名前は里絵。間違えやすいから、今夜だけ〝サト〟って呼んでよ」
早口でまくしたてられる提案に、今日子はごくりと唾をのみこんだ。
「コンセプトって……。まさか、ハタチのふりして合コン行けってこと?」
「お願い! 他に誘える友達いないんだもん。この通り!」
里美はメガネの前でパンッと柏手を打った。
今日子を拝み倒す勢いで、「お願い!」とくり返している。
20歳、派遣社員。
それは無理をすれば騙せないことも無い範囲である。
もちろん本音は嫌に決まっているのだが、
それで里美の気が晴れるなら――
お安い御用と言えなくもない。
今日子は盛大なため息をつき、半ば根負けした気分で里美を見やった。
「んもう……しょうがないなぁ。今回だけだからね?」
「ワーイ! 感謝。駅前噴水に晩7時半ね?」
無邪気に喜ぶ里美は、よほど合コンを楽しみにしているのだろうか。
腕をつき上げて万歳をすると、早速メールの続きを打ち始めた。
――まったく、ゲンキンなんだから。
そう呟き、今日子は窓の外へ目を移す。
ふと、窓からそよいできた風が今日子の頬をするりと撫でた。
見上げた空は薄いブルー。
今日子はその所々に浮かぶ夏雲のはしりに目を細め、風を感じた。
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