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退勤まで待つということを言うと新田幸は拒んだ。
その表情には戸惑いと姿を隠した恐怖があった。
「父親のため、か。幼いながらも、いや、閉鎖的な女学院の女の子が父親のために風俗店で働くのは相当の肝いり娘だね」
白百合は胸ポケットから折り畳み式の携帯を取り出し、キーを押してメールを作成する。
送り先は事務所のパソコン。
事務所には奏が暇をもて余しながら留守番をしている。
こんな時間に、しかも私立探偵の事務所に電話が来るはずもなく、今頃はネットサーフィンに興じているだろうと白百合は想像する。
分量の多かったため、メールは二つに分けて送信して。
白百合は携帯を閉じてもとあった胸ポケットにしまった。
「あとは任せたよ奏」
顔を上へ向けて言う白百合。
「あーあと一時間半暇だよー!」
ガシガシ髪を掻きながらバタバタ足を動かしていると━━
「こら、あまり声を上げるな。近隣住民の迷惑だろ」
「うん?そりゃすみま、……あ」
注意された白百合はバツの悪い顔をして、注意をした相手の方を見た。
そして、その人物を見て白百合は息を飲んだ。
「?」
注意したのは、シャープな赤いフレームの眼鏡を掛けたスカートを履きつつスーツのズボンも履いた、アンバランスなファッションの女性だった。
女性は白百合の反応に疑問符を浮かべたが━━
「え、え、え。もしかして五年前の……」
「あ、あの節はお世話になりました、辻さん!」
勢い良くベンチから立ち上がった白百合は手をピンと体に着け、速攻で頭を下げた。
その相手は、先ほどまで城外組の事件で出動していた辻卍だった。
「頭を上げて、そんな仰々しくされても私が困るわ」
手をブンブンと振り、知性や凛とした彼女の雰囲気が払拭されている。
これはプライベートな、辻卍の普通の姿であった。
白百合は辻の申し出通りに頭を上げた。
「でも、五年振りですね辻……刑事、でしたっけ?」
「今は課長よ。まぁ刑事でもいいし、今日付けで異動だったりもするんだけどね。……それよりも」
辻は白百合に近寄り、頭の上に手を乗せた。
「な、なにを!?」
目をパチクリしながら辻を見ると、彼女は無邪気に笑った。
「くすっ、ごめんなさい。君がかなり成長しているから。身長はそれほどでもないけど、顔つきはかなり男らしくなったわ」
「あ、いたぁ~。身長の部分はノータッチでお願いします」
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