ローンを組む

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東京メディアアーツスクール学院ではゴールデンウィーク明けに特別課外授業として、現在活躍中の業界人数名を講師陣に迎え、プロとしての心構えをまだパソコンも使いこなせない一年生にとうとうと語るカリキュラムが組まれている。 といっても本当に有名なライターは一人しかいなくて、あとは人脈の末端に位置する零細フリーライターと言った現状だ。 そんな中のその唯一有名なライターというのが砂島さんだった。某一流音楽雑誌から最近独立して新しい雑誌を立ち上げたばかりの32歳バツイチ。 ぜひキープしておきたいパイプラインだ。 他の生徒たちも同じ考えだが、腰が引けてるのか誰も話しかけようとしない。 講演の中で出された課題を仕上げて講師陣に提出する時、中谷いづみが砂島さんに口説かれていた。ヘアヌード撮ってみないかとか、そういう話。 いくら法人税のかかった学校とはいえ、もうちょっと空気読もうよ。教育機関だよここ、という言葉を飲み込んで砂島さんの前に置かれた会議机の上の小型スタンドマイクに手を伸ばし、スイッチをオフにした。 「マイク入ってますよ。気付いてました?」 にっこりと笑って、曲がったネクタイの結び目にプリントアウトしたばかりの課題をつき出す。 一年別の高校で留年しているあたしには、他の子より若干図太さが備わっていた。 「ああ、ええと、咲本りあるチャンね、どれどれ」 我に返ったのかはずしていた眼鏡をかけ直して紙面に目を通す。 及び腰でひきつっていた中谷いづみが窺うように軽く会釈した。あたしはそれを無視した。 「へえ、良いねぇ。夢と将来のユメをかけてるのか」 課題は自分の好きなアーティストを紹介しろ、というものでみんなが書くミスチルのこの歌が好きとかEXILEはR&Bなのかとかの中で、あたしは眠る時によくみるyucariに関する夢をいくつか書き出した。 その中で長靴で歌って踊るyucariが汚れたその長靴を川に浸けておいたら、夜中の大雨で多摩川まで流れていったというところで大ウケした。 「人気絶頂の歌姫が今年の長引く梅雨を反映して長靴で歌うってトコがユーモアがあっていい。夜中の雨で大河に流れていったとこも含みがあって情緒的だね。君はyucariが好きなんだね」 「はい、好きです。yucariについて面白い記事を書くのがあたしの夢です」 「ふうん。他のエピソードもぶっとんでるね。よし、きみ採用」
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