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「やぁ、キャス。今夜はあぶれてんのかい」チャーリーは気を取り直すように陽気に答えた。キャシィはいつものように華麗にきめていたが、前に会った時よりも少しやつれて見えた。俺より二歳くらい年下のはずだ。身体を酷使する仕事は老けるのが早い、と今更のように彼は考えた。「サムは元気でいるかい」とチャーリーは彼女の病弱な夫の消息を尋ねた。するとキャシィは怒ったような顔をした。「サムのことは言わないで。これから仕事だっていうのに」彼は悪い事を言っちまったと後悔をした。そんなチャーリーの気持ちが伝わったのか、今度はやさしい口調で言った。「少しイライラしているのよ。ねぇ、クリス。あとでミントンズに行くから、それまでヤッててね」チャーリーは口の中でいいともと答えた。それを聞いてキャシィは彼の頬に接吻をすると、急ぎ足で賑やかな一二五丁目の方に消えて行った。チャーリーは人のまばらな通りに取り残された。まだ降り足らない雨のぱらつく宵にもかかわらず、ニューヨークのこの界隈はハーレムの目抜き通りの一二五丁目を中心にして、ショー・ビジネスの大物に運良く会えることを期待して胸をわくわくさせているカレッジの男女学生の群れや、仕事の疲労を少しでも和らげようと何かを求めてうろつき回り、まだそのかいも無く心の重荷を深めている男たちが、遠い母なる大陸の騒々しい銃声ならぬジュークボックスの音楽と、きらめくネオン・サインの光の海の中を泳ぎ回り、互いの皮膚の色を確認し合っていた。
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