帳の中1

3/5
前へ
/60ページ
次へ
 一度だけ、彼に黙って吸った事がある。  酷く咳き込んで、涙目になった私を、筒井さんは知らぬ間に影から見ては笑っていた。 怒るでもなく、ふざけた様な物腰で馬鹿だなあと二つの瞳が言っている。  「学校で友達が吸ってたんです」 中学二年生の言い訳に、彼は面白そうに声をたてて それはまた、若いなあ。 なんてその頃の私には分からない様な事を言った。  私は出来始めたおでこのニキビを、人指し指で突つかれてあ、と声を出した。 「青春の象徴だよ」  あの時、額を押さえる私をその場に残して、筒井さんは居なくなってしまったのだ。  冷たくなるばかりの掌を擦りあわせながら そんな事を思い出していた。  信号は青に変わり、私のスニーカーは地面を蹴った。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加