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1997年 日本 某所某日某高等学校――
「ふぅ……」
赤地火芽香は、憂欝な視線を窓の外に向けて溜め息をついていた。
聡明そうで温厚そうな顔立ち。胸まで伸ばした黒髪を黒ゴムで一纏めにし、制服を校則通りに着こなす清楚な装いは、優等生という言葉がピタリと当てはまる。
そんな彼女が憂鬱そうに眺めているのは、中庭を挟んで向かい合っている第二校舎。そのとある教室にクラスメイトが続々と入室して行くのを、火芽香は席に座ったままじっと見つめていた。
「ひめ、何してんの? 次、移動教室だよ!」
予鈴が鳴り終わっても動こうとしない火芽香を、友人の京子が急かす。
「うん……」
お愛想程度に微笑み返した火芽香は、教科書を手にゆっくりと立ち上がった。
次の授業は化学だ。
第二校舎の化学実験室へと繋がる渡り廊下を歩きながら、火芽香はまた溜め息をつく。
その様子を見ていた京子が、
「ひめが憂鬱になるのって、唯一この時だけだよね~」
と、からかうように言った。
確かに品行方正で成績優秀な火芽香には、苦手なことや出来ないことは少ない。
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