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――ぎゅっと目をつぶり、そしてゆっくりと瞼を持ち上げる。あの瞬間を思い出すと、いつもこうして視界を閉ざしてしまう。
忘れたいのか、自分には関係ないと思いたいのか。
どっちにしろ否定的で卑怯な行為だと、火芽香は少し自分を責めてしまう。
(私は何か関係あるかもしれないのに。あれは、もしかしたら、事故ではなくて……)
いつも、そんな気がしてならないのだ。
その理由は、火芽香の家が少し特殊だったことにあった。
もう32代も続く伝統ある家、『赤地』は、代々女性が当主になる決まりで、16歳で継承することが義務づけられていた。だが今は、祖母が当主を務めている。火芽香の母は、自分を産んですぐに亡くなったためだ。
赤地家には数々の伝統があったが、ひとつの伝統として受け継がれてきたのが“名前”。これが火芽香の不安の種だった。
代々、当主になる資格のある者――つまり長女には、“火”の文字をつけること。これが昔からのしきたりだ。
祖母にも、母にも、自分にも、“火”の文字。そして、同級生が亡くなったあの事故も、火が原因……だ。
当時、発火の原因は揮発したアルコールに隣のテーブルの火が引火して起こったものではないかと見られていた。
しかし、火芽香は腑に落ちていなかった。
揮発するといっても、こぼしてわずか数秒のうちに、あんなに一瞬で引火するほど揮発するだろうか? その引火にしたって、隣のテーブルは1メートル以上も離れていたのに……。
そこまで考えて、ハッとした。また同じ事を考えている。化学室に来る度にこれを繰り返してしまう。
――これではいけない。
考えても同級生が生き返るわけではないし、事実が消えることはない。自分を疑っても誰も得をしない。
(しっかりしなきゃ。いつまでも過去に縛られていてはダメだわ。だって、)
火芽香は軽く息を吐き、冷たいテーブルの上にしっかりと両腕を乗せた。
そして決心したように顔を上げると、他の生徒と同じように授業に意識を向ける。
(だって、今日から私は赤地家の当主になるんだから)
今日は、火芽香の16歳の誕生日だった。
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