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バー「アダムとイブ」のドアを開くと、「いらっしゃいませぇ」と聞きなれた、媚びたママの声がした。
「あらユリ。どしたの?今日は早い時間から」
「うん。なんとなく」
「あんた、また男と?」
くんくんと犬のように鼻を近づける。
「智弘だ……このコロンは」
「あたり」
こつんと私は頭を小突かれた。
「もういい加減にしなさいよ。ったく。今日、工藤さんは?」
「遅くなるって。あたし、ここでご飯食べて帰ろうと思ったの」
「じゃあまかないでいいわね?あとビールでしょ?」
「うん。アリガト」
「ぜんぜん、思ってないわね」
ママはくすくす笑いながら奥に引っ込んだ。
しばらくしてママはパスタを使ったラーメンみたいなものを持ってきた。
赤、黄、緑のパプリカとモヤシ、フワフワしたとき卵。
湯気に乗る温かな中華スープの香り。
ずるずると音を立てて啜る。
さっき智弘と絡めてた舌の上にパスタとモヤシを乗せる。
赤いパプリカを箸でつまんでじっと見る。
赤い色。
赤いガーネット。
あのピアスは誰のものだろう?
嫉妬は感じない。
もしも夫が他のオンナを家に連れ込んでいたとしても、たぶん、がっかりもしないし怒ったりもしない。
もしかしたら
少しほっとするのかもしれない。
胸がちくんとした。
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