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飴売りの女の子が、くもの巣キャンディーを売っていなかった。
いつも飴を売っている所で、大きなリュックを背負い、うつむいて立っている。手にはガラスのビンが握られていた。
陸が近付くと、女の子はゆっくりと顔を上げる。ほおが腫れていた。
「それ、どうしたの?」
お世話になっていた家の人が……。
女の子はそれだけ言うとうつむいた。
「なにがあったのさ?」
女の子はうつむいたまま何も言わない。陸がもう一度たずねようと口を開きかけた時、聞き洩らしてしまいそうなくらい小さな声がした。
くもの巣キャンディーを作るくもがいて、それの入ったビンを、お世話になっていた家の人が壊してしまった。くもが一匹逃げてしまったので怒ったら、殴られた。
雨は降っていないが、雲が何重にもなって空を覆っている。
本当は、と女の子はビンを見つめながら一段と小さな声で言った。
本当は、このくもたちはみんな不良品として処分されるはずだった。でも、くもの巣キャンディーそれ自体には何の問題もないのに処分してしまうのはおかしいと思った。だからこっそりと、くもの巣キャンディーを作るくもたちを持ち出した。処分予定のくもが消えてしまって当然のように騒ぎになってしまったけれど、見つかって没収される前に生まれ故郷を出た。その時初めて、私は生まれ育った土地から出たの。以来ずっと、飴売りとしていろんな所を転々としている。
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