八百屋 神埼周一郎

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「えーっと、大根は…っと……200円ね」 「あらやだ、あそこのスーパーじゃ100円だったわよ? 折角買ってあげるんだから、マケなさいよぉ」 「えーっ! いやそんな、参ったなぁ……奥さん、うちのはね? 一応契約農家さんとこから朝穫りのやつを直接って言う上等品だよ? その辺のスーパーのなんかより、よっぽど上物なんだから」 「でもねぇ……結局食べちゃえば一緒だしねぇ……」 「身も蓋もない事言うね、奥さん……」 「そうだ、いい提案があるわ。この大根100円にしなさいよ」 「何も変わってねぇじゃねぇか。何が提案だ。あんた人の話聞いてないだろ」 「何よ! これだけ頼んでるのに、所詮平民の嘆願なんざ聞いてられないって言うのね!」 「何だそりゃあ!? こっちも由緒正しきド平民じゃ! 大体、こんな寂れた商店街の八百屋さんで殿様商売もへったくれもあるかあ! しかも『こんだけ』って、どんだけ相応のプロセスあったよ!? 交渉術ど下手くそにも程があるわ!」 「それに私奥さんじゃないし!いい加減分かるでしょ!」 「知らんわ! 大体あんた、はじめましてだろ! ドラマや漫画も真っ青の如何にも『奥さん』でござい、って風貌しやがって…だったら最初に否定しろや!」    「そんなの私の勝手でしょ! それに何!? 人が下手に出てりゃいい気になってまあ…たかが八百屋の分際で、よくもこの私を口汚く罵ってくれたわね!」 「どの辺が下手だ! よくそこまで言えるな!? 一体何様なんだあんた!」 「お客様よ!」 「それは分かっとるわ! 素性を聞いてんだ!」 「主婦よ!」 「『奥さん』で合ってんじゃねえか!」 「だから、私は『田口』だって言ってんでしょ!? 『奥』じゃないし!」 「名前じゃねえ! それこそ知らんわ! 何が『だから』じゃボケ、そんなん初めて聞いたわ! あんた本格的な馬鹿か!」 「もういいわ! こんなケチな八百屋で誰が買ってやるもんですか!」 「ぁあ!? 敢えて言わずにおこうと思ってたけど向こうの大根、半分物で100円だろうがよ! うちのは丸々一本で200円、同じだっつうの! むしろ品物の分、こっちが頑張ってるだろ! ちっとは考えろや!」 「………潰れろ!!!」 そう吐き捨てると、不惑はとうに過ぎていると思われる女性客は店先を後にした。 商店街にありがちな、ありふれた一幕である。  
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