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あぁ、自分は死ぬのだと。まるで他人事のように理解した。
胸の中心に今だ抜かれず突き刺さっている刺身包丁が、鋼特有の銀色を鈍く反射させ、浮き上がっている波紋がやけに美しく見えた。
「あ、あぁ…」
痛くはない。ただ熱かった。刺された場所を中心に熱が広がってゆく。
なんだ、死ぬのは苦しくないじゃないか。それどころか心地よい。
急速に進む脱力感に、立ってられなくなり膝をつく。
「――君待っててね、すぐに追い駆けるか」
朦朧とする意識の中、目の前に佇む女性が刺身包丁の柄を右手で掴むのが見えた。
引き抜こうとしているのか、思ったよりも深く刺さったそれは簡単に抜けず、切り口を無意味に広げてゆく。
彼女が上下に動かすたびに、熱が波のように全身を駆け抜ける。
「つぅ!?」
両手に持ち替え、反動をつけ勢いよく引き抜かれた刺身包丁はおそらく栓の役割を担っていたのだろう。
まるで噴水の様な、とはまさにこのことを言うのだろうか。脈打ち噴き上がる血流は、正面にいた彼女を赤く染め上げてゆく。
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