第一章

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「くぅ~ん」  犬?  子犬の甘えるようで縋るようなか細い声が聞こえる。 「! わうわう」  近づいてきているのか、子犬の声は次第に大きくなってくる。  はて、声は聞こえるのになぜ姿が見えないのだろう。  そもそも自分はどこにいるんだ。何も見えず、何も感じない。五感が働いてない?  いや、聴覚だけは活きているのだろう。でも、それ以外がわからない。  光が、香りが、暖かさが、ない。  「……」  なぜ? 「……」  どうして? 「……」  どうして、ムネは冷たいの? 「あっ、ア゛ァァァぁァアaア亜アアあアアあaアァアア…あ…ぁ...」    そうか、そうだったな。  なぜ忘れていたのか。一秒一刻も忘れられるはずがないのに。  この胸を突いたあの氷のような冷たさを。  頭の芯に残る熱い、憎悪を。  忘れてはいけない。わすれては、いけない。  身体中に巡る脱力感と失望感は、消えることは無いし、消す気も無い。 「……」  でもこの燻ぶる感情を誰に当てればいいんだ?  彼女はもういない。自分の目の前で、自分より先に逝ったではないか。  脳裏に映るのは、身悶え血涙を流す姿。  その姿が見れたからこそ、少しは溜飲が下がったものの、見れなかったらそれこそ化けて出るところだ。   「……」  ちょっと待て、“自分より先に”って、なんだ?   「フフッフフフ、アハ、アハハハハハハ」 「って! 死後の世界か此処!!」  パァアと視界が開けた。  それまで死んでいると思っていた視力が、まるで暗室から眩い青空へ続く扉を開けたように、一気に開けた。  そして、初めに眼に映ったのは、 「グゥルルルルル」  鼻筋に大層深く皺を作られた灰褐色の大きな狼さんでした。
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