第一章

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2.  自分は今すごくピンチです。  目の前には眼光鋭く睨みつけてくる一匹の狼。相手は足を投げ出して横たわり頭だけ持ち上げている姿勢なのに此方が見上げる形になるのだから、その大きさは人の丈以上ではないだろうか。  無様にも尻もちをつき後ずさる姿になっているが仕方がない。生身の人間が野生の動物に勝てる道理なんて在る筈がない。    一㎝...二㎝...三㎝...  ゆっくりと、焦らず怯えず取り乱さず、距離を伸ばしてゆく。  左右上下は土壁が迫り、ここはどうやら横に掘った洞窟のような所だろう(どうしてそんな場所に自分がいるのか解らないが)。  影が自分の正面に伸びていることから、どうやら出入り口は背後にあると思う。  震える手と足が上手く動かないが、狼の方もただ睨みつけてくるだけで動く気配を見せない。    今っ!    反転。  身を捻り走り出す。腰が抜けてか立つことが出来ないが、四つん這いで光の方へと進む。  光が視界いっぱいに広がりもうすぐだ。  足によりいっそう力を込め駆け抜ける。    アイ・キャン・フラーイ!!  そして飛び出した。光の中へと。  背後の狼に動く気配は感じられない。こんな危機的状況だからだろうか、感覚が研ぎ澄まされているようだ。  このままより遠く走り抜こう。飛び出した時の格好で、もどかしい程長い滞空時間を感じながら地面がまだかまだかと待ち続ける。
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