梅だとか、舟だとか。

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泉は元々、料理や洗濯などに手を出すことなどあり得ない立場の人間だ。 庄屋などは、旗本等高い身分の家柄とは比べるようなことも出来ないような身分ではあったが、家のもの自ら食事を作ったりなど普通に考えてあり得なかった。 屋敷には当然のように相当な奉公人がいたし、自分の周りの世話はたまたまの出先で自分が拾って来た八実がやっていた。 そんな高くはないが低いわけではない身分の泉がここで食事を作っているのが、剣のためなのだからおかしな話だ。 食客として道場にいられるような実力でもないし、斎藤がいなければ基本と少しの派生しか教えられぬ柔術師範の肩も狭い。 本来なら試衛館の連中を追って此処に来たのだが、漸く試衛館の者だと気づいた彼らは組を結成している。 身を明かして土方に教わるのも、彼らの稽古に参加するのも組の運営の邪魔になってしまうだけだろう。 けれど、この八木邸でする仕事は、食事、洗濯、買い物、依頼された仕事のみだ。 そう多くはない。 となれば、仕事の合間に吉田道場で稽古に参加すればいいだけの話。 その程度なら、仲のよい門弟らや人のよい道場主の吉田も歓迎してくれるだろう。 家を飛び出してきた際のものとは少しばかり目的が変わるが、何れにせよ剣を鍛えるという本質は変わりはしない。 (…………まぁ、面倒くさいことは考えないで…皆が旨そうに食べてくれてるんならいいか) 道場で腕を磨いた自慢の料理を、美味しそうに口に運んだり掻き込んでいる連中を部屋の隅で杓文字片手に眺めながら、泉は穏やかにふわりと口へと笑みを浮かべる。 その姿を見て、土方がひそかに眉を寄せたのは誰も知らず。 「小梅ちゃん!ご飯お代わり!」 「小梅さん、僕も」 「ん?沖田さん、今日は珍しいね」 「平助のご飯とは違って艶々しててとても美味しいからね 食欲も湧くさ」 藍色の美しい波のような模様が描かれた茶碗を片手に掲げ小梅を呼びつける藤堂に近づき、朝から元気だな、などと思いながらそれを受けとる。 するとそれに便乗し、藤堂の左隣の沖田もくすくす笑いながら茶碗をひょいと差し出した。 「会津潘からも支給が出るようになったし、余程贅沢さえしなければ問題ないからな 年頃の二人はよく食べなさい!」 近藤が、二人に向けて豪快に笑う。  
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