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「久しぶりに会うのにこんな馬鹿みたいな頼みごとしちゃって本当に申し訳ない……」
「いっこも問題あらしまへんよ、むしろ頼ってもらえて嬉しいどすえ
それより、お達者どすか?
あいさにはご飯やて食べに……あっ、先日はほんまにおおきに……
あんさんのお陰で……感謝しとります」
大きな風呂敷包みを抱えたまま、女、お春は、団子の棒を口に挟む斎藤に向けて深々と頭を下げた。
泉は俺の事なのにお春が頭を下げるのはお門違いだと焦ってばたばたと立ち上がる。
しかし、斎藤は相変わらずつんとした様子で
「お前に声をかけた時点で私が勝手にやった事
命を救われた嘉一が頭を下げるならともかく、お前が頭を下げる義理はないだろう
お前に頼まれていなくても、きっと助けていた」
「一が饒舌だ…」
「…とにかく、頭を上げろ」
身なりの美しい女に深々と頭を下げられていては、周囲からの視線に痛いものがある。
「…けんど…」
目は合う程度まで顔を上げるが、渋る様子を見せるお春に斎藤は軽いため息を吐き出して、その着物を貸してくれるだけで礼として十分だと付け添える。
泉は、珍しく饒舌に喋る斎藤を目にして、ふと感じた。
斎藤一は、まぁ恐ろしくもあるけれど、心の内では酷く心遣いのできる男なのだと。
「して、この着物は何にお使いに?」
「………時期に分かる、暫し待っていろ」
密かに恋心を抱く相手は、ぽつぽつと常と女主人と話してさっさと奥に引っ込んでしまった。
どうやら彼はいつの間にやらこの店の者と仲良くなっていたらしい。
春にとってその人の命の恩人とはいえ、一度会っただけの茶が好きな無口な男とほっぽりだされる事に、少々場の気まずさ的な意味で不安はあるけれど、とりあえずその人とはまだ話がしたいので大人しく長椅子に腰を下ろしている。
その様子を見て、永倉は耐え難いものを見るかのように瞼をきつく結び、きつく拳を握りしめた。
「斎藤…!そこは何かしら話題を…!」
「ちょっと新八さん、落ち着いて
あなたこのままじゃ飛び出しかねないよ…」
「して、お春殿
あなたは歌舞伎は見に行くたちか?」
「え?」
「何、逢い引きに誘っているわけではない」
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