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斎藤が突然出した話題に不思議そうに少し首をかしげながらお春は答える。
「行きますえ
歌舞伎など色々な見世物はよう行きます」
「なら大丈夫だろう、もう暫く待っていれば面白いものが見れる」
「はぁ……」
「一さん、こんなところで油売って……お仕事よろしいんですか?」
「あっ」
ひょい、と背後から飛んできた声に、お春が驚いたように声を上げ勢いよく振り向く。
そこに立っていた女は、振り向いてきたお春に向けて美しい笑顔でにこり、と微笑みかけてから、斎藤へと視線を向ける。
「どう?女の声に聞こえる?」
「聞こえなくはないが、お前の声を聞いた者は気づくのではないか」
その言葉に、女は心底困ったような表情で人差し指で頬を掻く。
「これが、一番苦労ない声なんだけど……
あ、お春、これどうかな、似合う?」
にこにこと笑う女から突然話題をふられて、お春は焦ったように
「あ、あの…どちら様で……ま、まさか……?」
泉に頼まれ自分が風呂敷に包んできた、安価の木綿でできた柳色の着物を着ている、という事は……。
今もその伝統は受け継がれているが、歌舞伎役者はほぼ確実に全員が男である。
勿論女役も、一般的に女形と呼ばれる男の役者が行っていて、嫌悪されるより、むしろその女形はこの時代のお洒落の筆頭者といってもいいほど。
まぁようするに、似合えばよいのだ。
酷いなぁ、と地声で笑われると、お春も流石に気づいたらしく
「かっ嘉一はん!?」
「そうだよ
ちょっと、仕事の都合上で着ることになって
んー……っん゙んっ
こんにちは、お春ちゃん、小梅です」
町娘風の着物を着て声色を変え、ぺこりと頭を下げる泉を見て、小梅は呆然としながらただ一言、絞り出すように凄いと言葉にする。
「まるで狐だな」
斎藤が団子片手にからかい半分に親指に唾をつける振りをして、眉間にその親指を当てる。
狐に化かされぬよう、昔人々がよくやったおまじないだ。
それを見て、泉はおちゃらけた顔をしたかと思うと、袖で口元を隠しよよ、と泣き真似る。
「あんさん酷いわぁ
そんな女泣かせなこと言いよって」
「そうだぞ斎藤
いくら女装とはいえ美しい女性にそんな口を利くもんじゃない!」
「本当そうだよ…………………うん?」
「え?」
ばさ、ぼと、二人が手にしていた風呂敷と団子が落下する。
沖田はぽつりと
「……大人しく成仏してくださいね、永倉さん……」
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