鉄扇の人と浅葱の夢。

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文久三年、四月。 件の隊服話の翌日、奇しくも朝餉の時間になっても起きてこない副長を不思議に思い、とりあえず嘉一だけその朝餉の場を抜け出して、土方の部屋を訪れていた。 さて、この八木邸、決して格別広いわけではない。そりゃ郷士の家だ、広いっちゃ広い。が、心なしか狭い。 以前共にここを宿にしていた芹沢らが組が会津藩お預かりになった際に、半ば押し掛けるようであったが、八木邸の向かいに位置する前川邸を宿にするようになった。 すると近藤も、今までいやが上にも雑魚寝だった隊士に一人一部屋を与えられるようになる。 寝相が悪いと悪評高い原田と同室の永倉なんて、飛び上がらんばかりに喜んだものだ。どうせ隊士が多くなれば、また雑魚寝の定めなのだが。 「歳、おはよう、朝餉終了の時間が迫っているわけだが……起きないの」 「……ん?……嘉一…さん?」 「あんたが寝坊なんてほんと珍しい…… ほら、この俺が起こしにきてるんだから、早く起きて」 七畳ほどの土方の部屋は部屋の主と同じような状態らしく、余計なものなどがどうにも見当たらない。 あ、いや、大きめの文机の上に甘味包みが一つ置いてある。 刀、褥、文房具、着物、書物。 (……あぁ、三國志だ……後で借りよう) とりあえず目につくのはただそれだけ。 買い物の余裕がないにしても非常につまらぬ部屋だった。 春画の一枚でもあれば面白みがあるものを。そんな悪態を心でつきながら、褥の傍らに膝をつける。 再度の部屋の観察を終えた嘉一は、部屋の真ん中に敷かれた褥の上で、酷く頼りない掛け蒲団寝転がっていた土方を起こそうとして肩を掴み揺り動かした。と、例の獣目の半目でちらりと視線を投げられる。 その目はまだうつらうつらとしていて、まるで熱に浮かされているかのよう。 嘉一が、はて、これはおかしいな、と首を捻っていると、土方が掠れた声でぽつりと、言った。 「…………体が、だりぃ」 「……………………はぁ?」  
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