阪の絹糸はお幾らでっか。

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ざっざっざ、 「島田くぅん」 「どうかしましたか、舟山さん」 ざっざっざ、 「あと、どれくらい?」 「今の調子だと……あと一日程はかかるのではないかと」 ざっざっざ、 「一日…!あと一回も!あと一回も雑魚寝!」 「気張ってくださいな、あとたった一回ですぞ」 ざっざっざ、 「だって左之さんが寝相悪くてこっちまで転がってくるんだよ…… 夜中に歳の怒鳴り声が響いてごらん…… 寝不足もいいところだ……はぁ……俺今にでも倒れそう」 「はははっ、ではおぶりましょうか! お安いご用ですよ、それくらい」 ざっ、 「……負けた気になるから遠慮しておく……」 横を歩く巨躯な男を一瞥して、嘉一はゆらりと空を仰いだ。 四月二十日。 この日、壬生浪士組は、京の都から大阪への道に足を進めていた。 去る三月に入京していた将軍、家茂公の下坂に伴って、会津藩と共に、その警護についたのだ。 端の端とはいえそんな仕事を任され道中半ば浮き足立つ連中とはまた違い、嘉一は一つ辛気くさい息を吐き出した。 「よせよせ嘉一! 島田君におぶられてちゃあ、また会津藩のやつらに陰口叩かれるぜ?」 「あのね…左之さん、あんたのせいだって言ってるの分からないかな」 眠さを誤魔化すかのように頭をがしがしと掻き回し、斜め前でにたにた笑う、槍を担ぐ男へと恨めしげな視線を飛ばす。 嘉一の他に数名新しく入隊した連中を含めれば、この時壬生浪士組は二十余名となっていた。 一同揃いの浅葱の羽織と各々の得物をひっかけて、列を成して闊歩する。 この時の様子は広沢富次郎によって、「鞅掌録」に「浪士時に一様に外套を製し、長刀地を曳き、或は大髪頭を掩ひ、形貌甚だ偉しく、列をなして行く。逢ふ者皆目を傾けてこれを畏る」とい残っている。 きっと、風体というか、浪士組の気合は余程のものだったのだろう。 それにも関わらず、所詮は浪士の集まりだと思われているところがあるのか、家茂公を守っている会津本隊のとは随分役目が違うものがあるのは、どうしようもない事実であった。 嘉一は、その随分離れた、とても見える位置にはいないだろう我らが将軍について、思案するように顎をなでると呟く。 「……しっかし、家茂公も難儀だねぇ」 そのうち、烏の視線は興味無さげに、行列の中腹から、じとりと灰色に曇った、嫌な空へとゆっくり移っていった。  
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