阪の絹糸はお幾らでっか。

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向こうもどうやらこちらを視認したようで、ぐっと花が咲くように大きく目が見開かれ唇が動いてゆく。 「おまん、あん時のか」 「岡田…………、人斬り以蔵か……!」 震えた唇で呟いた瞬間、咲き誇ったのは、桜。 (……桜だって?) 「…………あ……!!」 季節に沿わぬそれに咄嗟に気づいて浪士へと向けていた体を背後に向ければ、初めて至近距離で見る『ソレ』があった。 どく、どく。と段々と胸の動悸が激しくなる。吐き出されそうになる悲鳴を、唾と一緒にどうにかごくりと飲み下した。 目に映るのは、地面に二つ。赤いものが雨が降り終わった後かのように広がって、その中心に無惨なものが転がっている光景。 なんと、水もたまらぬ間に。 そして、その向こう側にその地面に伏せるソレらを興味無さげな目でじっと見ていた岡田は腰の脇で刃に風を切らせ、そのまま狼のような目はつい、と、目を伏せる嘉一へと移る。 「……何じゃ、覚えていなきゃあ、まだ見逃せたんじゃが、名前まで、知っとるんじゃあ、容赦はできんのう ……ま、恨まんどくれや?」 「……こっちこそ覚えてくれていて光栄だよ、なぁ、穏便にすませない?」 「こいつには天誅を見られちょる 殺す気でいかんと」 岡田がそう言えば、残りの浪士にざわりと一気にどよめきが走る。 敵意と闘争心がむき出しになった瞳が三対、嘉一を見れば、流石に穏便にすみような事態でないことなど安易に予想できた。嫌な目だ。 「…………幕臣なら見逃す理由はないき 容赦せんでえぇじゃろう」 「幕臣だからって殺す理由もないんじゃないか」 「殺さん理由もないきにのう」 無茶苦茶だ。面白くもなんともない冗談だし。 そもそも自分は幕臣なんぞじゃないが、ここでそれを言うのも何だか癪で、大方言っても言い逃れとされて大した意味を成さないだろう。 けどこのままこんな風にいたちごっこなことをしていてもどうにもならないわけで……。 (我ながら、図太い神経だなぁ) 仕方あるまい、と思って。 提刀のままだった刀を左に持ちかえ、左親指を唾にかけ右手を添え体勢を低くする。 「今日は、髷の方はいないんだ?」 「別に、いつも、一緒にいるわけじゃ、ないき こないだは、たあまた、ま」 「じゃあ俺の生存率も上がるわけか……」 「…………、……余裕じゃのう?」 ちゃっ 右か左か、鯉口を切る音がした。  
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