蔓草紫藤、合わせりゃ彼の心内。

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「おまんはわしの一番弟子じゃ 名を上げとうのは分かる、それがわしの為じゃいうこともわかっちょる けどの、もう少し自分を大事にせい……誰も、大事な弟子に必要ちゃいえ人殺しをさせて喜ぶ師などおりはせんき」 そう崇拝する師からそんな言葉を貰って、舞い上がらない者などいない。 酔ったような表情で見上げた後、きりっと顔を作った。 「……武市せんせぇ…… ……………………じゃあまず髪の毛から手ぇ離してつかあさい」 「…………」 「痛いっ更に強くなってますき!あー痛い!痛い!」   からから笑いながら引っ張られていく岡田を、廊下ですれ違う連中は皆物珍しげに眺めていた。 岡田以蔵、七以とあだ名される男は、ただ何の感情も持たず、武市に言われるがまま己の感情の思うがまま人を斬るような男だと思っていた。 本当に数少ない人間としか話さず、その他にはただ睨みを利かせ寄り付かせない犬のような男だと思っていた。 それが、笑っているのだ。 「……でも、俺は武市せんせぇの駒ですき、それでいいんじゃ」 「ん?なんか言ったか、以蔵」 「なんでもありませんわ そうじゃ、新兵衛は来ておりますろうか! まだ新兵衛を負かすっちゅう目標がありますき」 「それは桂君に聞かんと分からんのう ほれ、そこじゃ、そこ……着替えろなんて今更言いやせん おまんの見た目が汚らしいのは桂君も了承しとるしの」 「すみませんのう、武市せんせぇ」 土佐のボロ屋敷ばかりが集まるような場所で木刀片手に野犬を追い掛け回していた。 足軽の身分からのし上がるために郷士の身分を金で買ったのは世間体としては良くとも、岡田にとってそれはいいことでは無かった。 金が、ない。 学術すら学べない状況に陥った岡田が、剣術など学べるはずも無い。 道場の脇の格子から目を覗かせて、必死に独学で剣を学び、町で、いなくなれば山のなかで犬猫を追い掛け回し。 終いには溝に頭を突っ込んで、鼠を獲った。 楽しかったのだ、自らの刀が何かを成すのが。 それが例え、何かを奪うことであろうと。 けれどそんな溝の泥にはまりきって周りから見捨てられかけていた岡田とその刀を、引っ張り上げてくれた男がいた。 (おまんの刀がわしは欲しいんじゃと、言っちょくれました) 岡田はただ、襖を開ける武市の後姿をじっと見つめ 「……何れ捨てられるのは分かっちょります…… けんど…一生、付いていきますき……」
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