壬生の狼と。

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「俺の名前は原田左之助だ」 「舟山嘉一です」 先程も名前は名乗ったが、原田の言葉にそう続ける。 先端が刃ではない練習用の槍を片手に持って嘉一の前に立つ男は、土方に負けず劣らずの美男子で、苦み走った男であった。 さて、この原田左之助。 安政五年ごろ松山藩を脱藩し武者修行のうちに試衛館へと出入りするようになり、この度の浪士組にも迷わず手を上げた。 腹には一文字の傷があり、まぁおかしなことに、その傷の原因が松山藩の頃の喧嘩騒動で「切腹の作法も知らぬ下司め」と馬鹿にされかっとなって切った、という。 その一文字の痕は残って、しかもこの原田はそれを家紋にしてしまった。 「おぉい、新八、竹刀寄越せー」 原田は大人しく名乗った泉に満足したようで、隅のほうで面紐を解く肉付きのよい男に大声を飛ばす。 「悪いがさっきの総司の打ちで竹が割れてしまった とてもじゃないが使えないな…」 しかし、声をかけられた男は落ち込んだ気持ちを隠しもせず深く深くため息をつき、肩を落としながらそう答える。 手に持つ竹刀はは無残に割れていて、泉も少々同情の言葉が漏れそうになる。 本来なら、そう割れるものじゃないのだが…。 「仕方ねぇ…おい、総司…」 「いや、僕の竹刀も新八さんのでぱきぃん、といっちゃってますよ あぁーもう新品なのに… あ、木刀ならありますよ、左之さん」 左手で傍らの木刀を取り上げた男は、総司、以前飛脚として土方を呼びに来た沖田総司だ。 「おまっ…いくら俺でも相手の力量も知らないで木刀はちょっと…」 「なにいっているんですか! 左之さんの腹は金物の味を知ってるんでしょ!木刀くらいへっちゃらへっちゃら!」 「……」 沖田の言葉に、原田はうつむき黙り込む。 小さく苦笑して、長身の原田を見上げた。 いくら自分が巧くはないといえ、間違えて一本でも入れてしまったら一大事。 (流石に、そんな理由で木刀は…) 「あの、友人が多分竹刀持ってきて…」 「よぉし!分かった!分かった!俺の腹は木材なんざに負けやしねぇさ! 総司ぃ!木刀持ってこい!」 (…あ、こいつ馬鹿だ) 「流石は左之さん!はい、どうぞ! 赤樫だから滅茶苦茶堅いですよ!」 その言葉を聞いた原田は一瞬固まったが、一度言ったからにはそれを撤回するのは原田にとって男の条件に引っ掛かる。 原田は、持ってきた沖田の手から引ったくるように、一本の木刀を手に取った。  
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