壬生の狼と。

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「初めて見た…槍術の方なんですか」 (一が言っていたのはこの人か) 木刀を渡されささくれが出来てはいないか左之が確認しているのを傍らから覗き込みながら、泉は左之が右側に置いている槍にもちらちらと視線を向けていた。 そんな人の得物をちらちらと不躾に見ている泉に、原田は別にこれといって咎めることもせず、視線は木刀に向けたまま、 「あぁ、種田宝蔵院流だ お前は?」 「俺は北辰一刀流です 壬生浪士組にもいらっしゃいますか?」 「おぉ!北辰一刀流なら、二人ばかりいるぜ! 総司ー!北辰組どこいった?」 道場の端で太鼓のばちを乾拭きする沖田にそう大声で問うと、サンナンさんならいますよ、と張り上げた声が返ってくる。 「よしよし、じゃあ試合やったあと紹介するな」 (試合やる前に紹介してくれよ…!) 山南には会ったことがあるが、あの男なら気づかないだろう。 それで少しでも時間を稼いで、さっさと斎藤が戻ってきてくれればめっけもんだ。 となれば、少しでも雑談なりなんなりして時間を稼いでいこうかと、泉は流派の話を発展させる為に一言付け加える。 「あ、あと友人が天然理心流の教えを受けているもので、ほんの少しかじったことがありますよ」 この時代、同じ流派の人間間での繋がりは非常に深いものがある。 同流の者にはお互い気を許すというような場合も少なくはない。 泉がその流派を口にした時の、沖田の対応がそれに良く似ていた。 「僕、僕天然理心流なんです! あ、初めまして、沖田総司といいます 後でお話しましょうね、よろしくお願いします!」 ぱたぱたと駆け寄ってきて、別に泉が天然理心流一本の剣術ではないにも関わらず、にこにこと笑ってそう親しげに話しかけてきた。 そんな優しげな雰囲気に、泉も自分の名前をぽつりと名乗ってから、半ば流されるように首を縦に振る。 「よぉし、じゃ、やるか ほら構えろ 俺の槍術、総司の剣術、順に試合だ」 「え……あぁ…………、はい」 ちらりと玄関を見るも、斎藤が来る様子も気配もない。 仕方ない、もうなるようになれ…と諦めが混じったため息と笑顔で差し出された木刀を受けとる。 そんな様子に原田と沖田は首を傾げたが、泉によってしっかりと構えられ木刀に、原田は悟られぬようほんの僅かに目を見開くとすぐに傍らの愛用の槍を手に取る。 (何だ、こいつの…変だな)  
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