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「………参った!参りました!
…参ったって言ってるだろッ!」
泉は、構えを解き木刀を持った左手を降ろし、頼み込むような声で目の前の爛々とした目付きの沖田へと降伏の言葉を投げ掛ける。
もう試合を初めて相当な時間が経つのに、沖田は闘気を欠片も失わない。
「総司、そろそろ止めてやりな」
泉が敗けの意を告げても未だに構えを解こうとしない沖田に、原田が呆れたように苦笑をする。
原田にまで言われては仕方がないと考えたのか、沖田は木刀を帯刀の形に持ちそれに対応した泉と共に礼法を終わらせた。
やっと解放された、と道場の床にへたりこむ泉の背後に原田が座り、面紐を解いてやりながら思い出したかのように、
「しかしお前、防具をつけるのとつけてないのとだとえらく剣が変わるんだなぁ
総司の奴、えらく不満げだったぞ」
「え?」
時に、防具をつけるといまいち力全てを弾き出す事ができない。
要するに、重い面やら、手を覆う籠手やらをつけると動きが遮られ素振りの際の強く美しい面を打てない、という者がいる。
勿論これは単純に剣客の実力不足の場合もあるが、本気でそういった特徴の者も少なくはない。
泉は、正にそうだった。
人差し指の関節を唇に添え、思案顔で
「あぁ…そうなんですよ、防具をつけてしまうと、重いし、視界も狭いし、いやね、直せとは言われていたんですけど、直しようがないでしょ、癖じゃないし、筋肉つければなんとかなると思ったからある程度つけたんですけど、どうにかなんないし
…やっぱり、ここでもそんなんじゃまずいですか」
「いや、俺らの道場じゃあ、防具もなし、竹刀じゃなくて木刀を使え…ってのだったから、俺らの館長は何も言わないと思う」
そんなことを道場の端で防具を外しながら言葉を交わしあう様を、沖田はじっと目にしていた。
この沖田総司は、天然理心流の免許皆伝、近藤の内弟子の秘蔵っ子だ。
数年前に麻疹にかかり生死の境目をさ迷いはしたが、肺は弱くなったものの無事川を渡ることなく何事もなかったかのように稽古に復帰し、剣に関してはやたら短気な性格を思う存分発揮し、他の門弟を鍛え上げていたという。
「総司、どんなものだった、あいつの腕前は」
「……………」
永倉の言葉に、沖田は悔しげに唇をほんの少し噛み締めてから言う。
原田の時と自分の時との泉の実力の違いが歯がゆいのだろうか。
「見ての通りですよ、まだ未熟だ」
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