壬生の狼と。

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その後斎藤が泉は付き添いだと適当に話をつけて、何事もなく泉の試験は帳消しとなった。 原田によって今までの者が合格、不合格、と記録されている中、舟山嘉一の用紙だけは何も記録されずに至ってそのまま放置される。 斎藤は、原田をほんの数分で叩き伏せたかと思えば沖田と死闘を繰り広げ文句なしの合格の判を押された。 打っては流し、流したと思えば相手を殺さんばかりの勢いで斬り捨てようとし、斬り捨てた筈なのにそこに相手の頭がなく。 泉の目では追い付くのがやっとであった。 無垢にまた今度遊びにこいという沖田らに女中として世話になるかもしれないなどと言うわけにもいかず、そこは曖昧に笑い受け流すことになってしまった。 その日は、まだ夕刻ではあったが、帰り道に購入した安酒を吉田道場で熱燗にしてつまみも無しに呑みながら、泉と斎藤は今日の感想を言葉にする。 「左之さんっていい人だな」 「あぁ」 「酒にはだらしなそうだけど 頼りがいあるし、強いし、男前だし」 「そのうえ女関係もしっかりしているぞ、あの人は」 「総司も一もとんでもないし 俺じゃ足元にも寄り付けないわ…んっ!このお酒うまっ」 「いや、そんなことは、」 「吉田さんにも持ってこ」 友人との酒の場なのにきっちりと膝を揃え正座しながら酒を呑むのが、斎藤の生真面目さを露骨に表していた。 一方で正座の斎藤を前に、泉は胡座をかき手を足首に当てつっぱり少し前のめりになりながら酒を呑み、ふと思い立ったように猪口と徳利を入れたたんぽを手に立ち上がる。 「おい、おい待て嘉一 吉田さんに持っていったら酒がなくなるじゃないか それと私の話にも相槌をいれろ」 酒に頬を赤く染めながら、いつも必要なこと以外はあまり口にしない斎藤が口を尖らせ饒舌に、泉の袖を掴みまでして引き留める。 「黙らっしゃい酒豪め!」 「なんだと!斬るぞ!」 揶揄するように声をあげる泉に、それに乗って刀を持つふりをし威勢よく立ち上がる斎藤。 日が沈むまできゃんきゃんわいわいと大騒ぎして、最終的にはあまりの騒ぎにここの門弟からお叱りまでくらってしまった。 が、その程度で考えを改める二人ではなく。 結局、亥の刻過ぎまでぐだぐだと呑み話していた為に、斎藤も泉も褥すら敷かず、翌朝畳の上で酷い頭痛に目を覚ますことになってしまった。 翌朝、畳の上で泉はぽつりと 「………俺、もう一と酒呑むのやめる…」  
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