壬生の狼と。

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「おい、帰ったぞ」 「お!お帰りぃ、土方さん」 背後の襖を開けて入ってきた総髪の男の声に、原田はばしばしと花札をしていた手を止め振りかえる。 そこには、黒の羽織を纏った土方が、すらりと立っていた。 土方は疲れた様子でゆっくりと紐をほどいて刀を外し、鉛のように重い息を吐き出しながら畳へと腰を降ろす。 「全く、芹沢さん達も勝手な金策はもうちょっと自重してほしいもんだよ まぁ、おかげで会津藩から支給も出るようになったんだけどな…あいつら、俺らの面倒すっかり忘れてたよ」 「おぉ、そりゃいいことだ!」 「いいっちゃいいんだが、永倉からも話してやってくれないか…」 土方が札の手札を眺める永倉を、下から覗きこむ。 試衛館出とはいえ同流の永倉は一つ困ったようにため息をついて、それから呆れと諦め半分の苦笑を浮かべ「押し留めるので精一杯ですよ」と吐き出すように口から漏らす。 呆れと諦めは、今はいない壬生浪士組局長筆頭の芹沢鴨へと向けられていた。 芹沢鴨という男は水戸の出身で、剣の腕もたつし、人柄もよい。 …………酒さえ呑まなければ、の話であったが。 へべれけになるまで酔った芹沢には傲慢知己で横暴な行為ばかり多く、普段の優しく力強い様など鳴りを潜める。 結成したばかりの壬生浪士組からしては、芹沢の起こす不祥事であまり評判を落としたくない。 正直なところ、芹沢は目の上の瘤であった。 重い話になりそうな空気を察して、土方はごほん!とわざとらしい大きな咳払いをする。 「ところで…今日の希望者はいたか?」 「いたいた、一の奴も来たぜ もちろん文句なしの合格な」 「ふぅん、」 原田が傍らに置いていた帳簿を土方に手渡した。 渡された土方は、ぱらぱらと帳簿をめくっていたが、その手がある所でぴた、と止まったかと思うと、帳簿を持ち上げ眉を寄せじぃっとその紙を凝視する。 その紙を覗き見て、原田と沖田が首をかしげた。 「土方さん? 一は次だぜ、何見てんだ?」 「原田ぁ… ……この人、歳は平助くらいか?」 「ん?あぁ、うん 江戸から来たんだってよ」 その言葉を聞いて、一瞬、珍しく鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしたかと思うと、怪訝そうに首を傾げる一同を見回してから帳簿をぱたりと取り落とす。 「ひ…土方さん?」 怪訝そうな視線を受けて、土方は柄にもない素頓狂な声をあげた。 「………嘉一さんが来てたってのか!?」  
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