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「ほら、早くしなさい! 時間に遅れるでしょ。もう3時よ。なに、もたもたしているの?」
「待って、あと少しだから」
静香に急かされ、真緒は黒の大きな旅行かばんに入った自分の荷物を慌てて確認した。
「手帳に筆記用具、それにもしもの時の薬、替えのブラウスに靴下、ええっと……そうだ、ブラシ!」
真緒が鏡台に行くと、そこには真緒のお気に入りのヘアブラシがあった。ディテールが凝っていて、真鍮(しんちゅう)でできているため、黄金のように見える。
真緒は鏡を見ながらそのブラシで丁寧に自分の髪をといた。
とかれた黒い髪は綺麗な白い輪を浮かべ、まるで月が浮かぶ夜の湖だ。
「よし、これでいいかな」
髪だけでなく、真緒は制服の乱れもないか確認した。
黒い上着に赤いリボン、灰色のチェック柄のスカート。黒の靴下がずれ下がっている事に気付き、慌てて引っ張り上げる。
「真緒、まだなの?」
玄関先から静香の呼ぶ声が飛んできた。
「待って。今行くから」
気乗りしない顔で返事をして、真緒は旅行かばんを持って外に出た。
家の周りには青々とした背の低い木々が道沿いに並び、あちこちで田畑が広がっていた。遠くには山々が連なり、その上をワシかトビなんかの大きな鳥が退屈そうに飛んでいる。
空がどんよりと曇っているせいか、昼間なのに薄暗い。今にも雨が降ってきそうだ。
「真緒、元気ないぞ」
真緒が車のそばまで行くと、圭一が立っていた。背が高く、髪を茶色に染めた大学1年生だ。
「だって……」
「仕方ないよ。ハイド学園しか受け入れてくれる所がなかったんだ。諦めるしかない」
「うん、わかってるけど……」
そう言って、真緒はうつむいた。
「葛城さんの事が気になるんだろ? 今日、俺も学園まで見送るから、その時にそいつの様子を見てみるよ。確か学園の入口で待ってるって聞いたから」
「うん。入口で葛城さんが待っててくれるってママが言ってた。ねぇ、もしまた変な事が起きたら、絶対学校に行かないからね。引き返してお兄ちゃん達と一緒に帰るから」
「はいはい、わかったよ。でもなにも起きなかったら行くんだぞ?」
「うん……わかった」
真緒は渋々うなずいた。
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