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公平達のもとを離れ、勢いよく扉を開けて部屋に入った真緒は、ベッドの脇にしゃがみこんだ。
両手でシーツを手繰りよせ、そこに顔を埋めた。
「おかしいよ、パパもママも。それにあの人も」
開け放たれた扉の向こうからは葛城と公平の話し声が、窓の外からはセミの鳴き声が聞こえてくる。真緒のひとりごとは蚊が鳴くよりも小さかった。
静かになると、真緒はシーツから顔を離した。視界の端に人影が映り、ふとそちらの方を見やる。
扉の脇に、微笑む公平が立っていた。
「パパ」
「真緒、すまない。お前を困らせたくて、悲しませたくて、こんな事をしているんじゃないんだ。ただ、仕方のない事もある。転勤は避けられなかったし、真緒の学校が変わる事も避けられないんだよ」
「うん」
「でも、真緒にはいつも笑顔でいて欲しいから、真緒の為を思って次の学校を選んだ。もし、それが嫌なら、真緒は断る事ができるんだよ。そこまでパパやママが決める必要はないし、真緒の自由だ」
「うん」
うつむいてうなずく真緒のそばで、公平が腰を下ろした。
「真緒、さっきの男は……葛城さんは、パパもあまり好きになれない。真緒の思っている化け物とは違う意味だが、ああいう営業マンは嫌いでね。けど、学校自体はそう悪くなさそうだ。そう思わないか?」
真緒はなにも返答しなかった。胸のなかにモヤモヤしたものがあり、それを言葉にできないでいる。
「嫌なら断ったっていいんだ。最初に決めていた学校があるし、パパやママと今まで通り一緒に暮らせる。真緒はパパっ子だもんな」
そう言って、公平ははにかみながら真緒の頭をくしゃっと撫でた。
それを真緒は迷惑そうに顔をしかめたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「少し考えてもいい?」
「ああ、もちろんだとも」
でもできるだけ早く決めて欲しい、そう付け足して、公平は部屋を出ていった。
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