プロローグ

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 グガァァァ……!  不意に聞こえてきた、うめき声とも叫び声ともつかぬ声。彼は視線をまた移動させる。今度は後方へと。  どこまでも続いている砂浜の向こうで、今見えている世界よりも濃い闇が、丸い形となってうごめいていた。毛虫を連想させるその動きは、見るものが見れば顔をしかめるぐらいに気持ち悪い。  中央にある一つの丸いものが閉じたり開いたりを繰り返し、中からピンク色のものを見せつける。それを舌とするならば、あの部分はおそらく口にあたると思われる。顔と思われる部分にしては、目に当たるようなものが見当たらないのだが。  世界が暗いためにそれの体の輪郭が曖昧に見える。  己の姿を見せつけようとしているのか、その姿は咆哮を上げてにじり寄って来た。この暗さでは、視界が良好とは言いがたいはずなのに、道を逸れる事無く真っ直ぐに彼へと近づいてこられるのはどうしてなのか。そいつの体内に蛇のようなセンサー器官でもあるのかもしれない。  彼よりも数倍大きい事を証明してくれる高さとでっぷりした姿を目にしても、彼は慌てる様子も怯える様子も見せなかった。平然とした様子で対峙する。  何故だか分かっていたのだ。目覚めてから今まで視界に入ってきた物のほとんどは名前が分からなかったのに、こちらに迫ってくる異形の名前だけはハッキリと分かる。そしてそいつをどうすればいいのかも。  中折れ帽子を軽く押さえて目を閉じ、うつむいて一つ息を吐く。 「やれやれ。色々と分からないはずなのに、これだけは分かるとはね。まぁ、それはともかくとしてさ、始めようじゃないか、君よ」  呟いて顔を上げた彼の右目は赤く染まっていた。
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