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いつまでも屋敷の部屋に籠っていても空腹も渇きも癒されない。
態々私が動くというのは面倒だが、食事の方から屋敷にやってくる事は無い。
仕方なく身体を起し、軽く形〈なり〉を整えて表に出る。
この時分であろうと、公娼地なり郭〈くるわ〉なりに行けば欲に塗れた人間は多く居る。
あそこでなら影へ引き込もうとさして怪しまれる事など無い。
まぁ、あそこの人間は目が気色の悪いモノが多いが、見なければ良いだけの話。
いよいよ空腹も大きくなってきて獲物の居る地へと向おうとした時、甘い沈丁花の香と他にそれと違った独特の甘い匂いがする。
私の嗅ぎなれた匂い。
こびり付いて消えなくなってしまったのだろう、独特の薄く深い鉄の様な香り。
血の香だ。
それも、人間の。
何人も何人も殺さねばこうはならぬだろうと言う程に、良う熟れた深く味わいある香り。
人斬りか何かか…。
そう思い視線を走らせる。
元々私は夜の世の生き物。
夜目は人と比べ物にならぬ程に良く利く。
耳が微かな音を捉た。
私の種族は目に限らず、あらゆる感覚が秀でている。
あの風体は、忍か。
私が気付いた事に勘付いたか、忍が此方を向いた。
忍は一瞬だけ目を見開いて私を見たが、それも一寸で底冷えのする冷たい瞳になった。
忍は色欲を抑える訓練も積むらしい。
この忍はすぐに持ち直した辺り、優秀なのだろう。
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