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「おとーさん、頑張ってるんだから、酷い事しちゃダメだよ?」
我が娘に諭されるとは。
世の中に我が子に諭される親なんぞ、いるのだろうか?
我ながら非常に情けない。
「……………ゴメンね、祥子」
「私じゃなくて、おとーさんに言ってあげてね……」
少し残念そうな表情の祥子。
その姿がなんとも汐らしく。愛おしい。
「じゃあ……あたし、あそこの【スターショット】に乗ってくるね!おかーさん、まだ疲れてるみたいだから、ここで休んでて!」
「分かった。気をつけてね」
祥子は手を振りながら、店から出て行く。
眩しい日差し。
満面の笑顔。
軽快な足取り。
まさに、祥子は幸せの象徴だ。
私の目には祥子が天使のように映った。
時間よ止まれ。
祥子を幸せの絶頂に留めてくれ。
それ以上何も望みはしないから。
だから―――――。
その時。
女性特有の甲高い声が響く。
「ひったくりーー!!誰か…誰か……捕まえてー!!!」
その声に反応し、思わず机から立ち上がる。
男が逃げている。
こちらに向かって来る。
汚れたジーパン。
黒いパーカー。
赤いニット帽。
手にはナイフ。大きい。包丁なんかより、よほど大きい。
「どけっっ!!!」
あまりに唐突な出来事に、思考も行動も停止。
男が私に近付く。
胸部に衝撃。
何かが私の胸に刺さる。
結果、後ろに突き飛ばされる。
同時に何かが胸から引き抜かれる。
男は走り去る。
私に様々な感覚の奔流が襲い掛かる。
鈍痛。
酷く粘っこく、振り払っても振り払っても付き回る痛み。
息が詰まるような痛み。
苦しい。苦しい。苦しい。
頭がおかしくなる。
倦怠感。
体の動きが鈍い。
動かそうとしても、何も動かない。
のた打ち回る事すら出来ない。
闇。
意識が乖離し、段々と眈溺してくる。景色はぼやけ、色彩もあやふやになる。
闇は深く。絶望的で。
それでも抵抗は出来ず、意識は深淵なる闇へ落ちていく。
あぁ―――私は死ぬのだろうか。
ならば、あの子にだけは。祥子にだけは。
手を出さないで欲しい。
私の愛しい―――ただ1人の―――娘――
そして――――――――――――――――
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