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朝っぱらから意外な人物に会ったことを除けば何事も無く仕事が終わり、家路につこうとしていた時だった。
ちょうど署を出た俺の目の前を1人の男が通り過ぎた。
開けたシャツの胸元から青い蠍の刺青が見える。
蠍…
俺の視線はその男の背中に釘付けになった。
「翠玉(すいぎょく)の館、蠍の男、深紅の女。女に関わるな、関われば…死ぬ」
眼の男の言葉が頭をよぎる。
まさか蠍の男とはこの男のことなのだろうか。
俺は無意識のうちに蠍の男を追いかけていた。
男に気付かれぬよう距離を取りながら後を追う。
男は俺に気付くことなく歩いている。
尾行を続けながら俺は、このまま蠍の男を追っていいのかと考えた。
眼の男の予言によれば「深紅の女」に関われば俺は死ぬようだが、蠍の男を追うことで「深紅の女」に接触できるのではないか、と。
別に自殺願望があるわけではない。
ただ、眼の男の予言の真偽をこの目で確かめたかったのかもしれない。
たとえ自らの命を賭してでも。
そんな自分の生死が左右されるかもしれない局面で俺は異常なまでの高揚感を感じていた。
「わくわく」とか「どきどき」とかそういう感じのものだ。
もしかしたら…いや、きっと俺はシンジュクに来てからずっと退屈していたんだと思う。
いかなる形であろうとその退屈から解放されるかもしれないという希望に突き動かされ尾行を続けていると、男はある建物の中に入って行った。
豪華な造りの大きな木の扉が完全に閉まったのを確認してから、俺は建物の近くまで歩みを進めた。
その建物は…
娼館「エメラルド」。
正に予言通りの「翠玉(すいぎょく)の館」だった。
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