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この国から「痛覚」と言うものがなくなったのは、ずっと昔のことらしい。
病気と言ってもいいのか、それは長く長くこの国に根をはって、肉体的な苦痛から解放された人間は酷く雑に生きるようになった。
殴っても殴られても痛くない。だけど間違っても決して不死身な訳でも驚異的な回復力がある訳でもない。
加減だけが分からなくてうっかり死ぬ輩も多いし、死ぬ気のなかった自殺者も多い、だから少しだけ皆が怪我をしやすくて死にやすい国。
だからちょとだけ、常識と道徳と法律が足りない国。
でもそれ以外はみんな普通だった。
進んだ文明に少しずつ環境が犯されていくのも、人が付いていけなくなるのも。他の国なんてあるのかも知らないけれど、みんなみんな、他の国と一緒だと。そう、言われたのだ。
「カップの数足りないんだけど…」
「……君がお茶煎れに出ていった時の人数でも足りないと思うけど」
「………夢宇、椎とサン、カップいる…?」
「残りの爪全部剥がすぞ」
あはは。皆が笑った。だから私も一緒に笑った。
誰かが言った。
何が誰が何処が、そのどれも付けずに誰かが言った。ここはおかしいよ。
そんなこと言われても知らないよとしか言えなかった。だってみんなにはそれが普通だったから。何がおかしいなんてなかったから。分からなかったから。
だからきっと、そのままでいいんだろうと私は思った。
by アイ
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