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「本当に本当に、ありがとうございました!」
僕の前で泣きべそをかいていた女の子は、その1時間後首が取れそうな勢いで何度もお辞儀していた。
結局、丸写しさせる訳にはいかなかったが、レポートのために作成した要点をまとめた資料を見せてあげたところ、授業時間内になんとか形にすることができたようだ。
「私本当に二つ以上の意味で馬鹿で……あ、何かお礼を――――」
「気にすることないよ。よくあることだから」
これは本当のことだ。真面目そうに見える外見のせいで、見ず知らずの人間に頻繁にノートを貸してくれと頼まれる。
それを一々気にしていたらきりがない。
「そんな……あの、えっと、じゃあ名前聞いてもいいですか? 私は、沙羅って言います!」
「……齋藤。齋藤 創」
それでも気がすまない様子の彼女。僕が名前を呟くと、彼女は真剣な顔つきで僕の目を見た。
「はじめ君! その……今度から一緒に、講義を受けてもいいですか?」
僕は『やれ』と言われたことは、やる人間だった。
逆に言えば、『やれ』と言われたこと以外はやらない人間だった。
春香はそれを知っていた。 だから、彼女はいつも僕に『宿題』を用意していたのだ。
それからというもの、沙羅は本当に僕と一緒に授業を受けている。
僕もそれを断らなかった。そもそも、自分はほとんど全ての物事を断らないような人間なのだから、断るはずもない。
しばらく接してみて……というよりもすぐにわかったことなのだが、彼女は結構そそっかしい。
その上、自分で言っていた通り、あまり勉強できる方ではなかった。
こう言うのもなんだが、僕が居なかったら彼女の単位はかなり危なかっただろう。
現に今、『重要な所だから必ず聞け』と言われた範囲の説明がされている最中、彼女は居眠りをしている。
「……また教えることになりそうだな」
隣ですやすやと寝息を立てている沙羅を眺めてみた。
肩にまで届かない短めの茶髪は、彼女によく似合っている、と思う。
それはたぶん彼女の幼い印象からくるものだろう。
沙羅は本当に、子どもっぽいのだ。
だけど、彼女は少しだけ――
そんなことを考えていると、なぜか唐突に目を覚ました彼女と目が合った。
寝惚けた表情が、とろんとした瞳のまま柔らかい笑顔に変わる。
「おはよう。はじめ君」
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