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『はい、今日の勉強は終わり!』
『うん』
『じゃあ次! 昨日言った宿題はやってきた?』
『……うん』
『本当!? 見せて見せて!』
『……はい』
『うわぁ! 上手に描けたね! かわいい!』
僕と一つしか違わないのにとても勉強ができた春香は、僕の家庭教師代わりをしていた。
家庭教師といっても、母が他所の子供を家にあげるのを嫌ったため、勉強を教わっていたのは彼女の家。
今思えばあの母がよくそれを許したものだが、それだけ春香の評判と実力が素晴らしかったのだろう。
事実、僕の成績は大きく伸びたから。
春香の宿題は変わっていた。
『猫の絵を描いてくる』
『来る前にチョコレートを買ってくる』
『テレビ番組を見てきて、感想を言う』
『一番星を探す』
どれも勉強に関係のないものばかり。
でもそれらは全部、僕の好きなものだった。
彼女は、僕が心のどこかでやりたいと思ってたことを、知っていたのだ。
そして春香は宿題の『成果』に満足すると、僕を公園に連れ出した。
一人では走ろうしない僕の手を握って。
「そういうことかぁ! 難しかったけどわかったような気がする!ありがとう!」
沙羅の大きな声で、我に返る。
授業後、予想通り寝ていて聞きそびれた部分を教えてと頼まれたため、こうして彼女が理解するまで解説をしていたのだ。
しかし、それを無意識に行えている時点で、僕の人格はあまり必要ないものだ、と思わざるを得ない。
そんな考えを振り切るように、小さく息を吐いた。
「あと、これ。試験対策用のノート作ったから。使って」
「いいの!? ごめんね、いつもいつも頼ってばかりで……」
沙羅はいつも本当申し訳なさそうな顔をするので、申し訳なくなってくる。
「気にしないで。僕が勝手にやったこと――」
そう言いかけた所で、あることに気付く。
……この僕が、何かを、勝手に、自分で?
「ねぇ! この後はじめ君は何か予定ある?」
僕の動揺を他所に、彼女は明るい声を上げた。
「……昼ご飯食べて帰るけど」
「一緒にご飯食べよ! いいよね? 私の奢りで!」
僕はひどく驚いた。大学に入って今まで、誰かに誘われたのは初めてなのだ。
「あ……ああ」
「じゃあ早く行こう! 私お腹空いちゃった!」
そう言うと、沙羅は駆け出した。
僕の手首を掴んで。
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