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ああ、沙羅。君は少しだけ――
沙羅は僕を、パスタのチェーン店へと案内した。
僕と彼女が頼んだのは、一番安いミートソーススパゲッティ。
やっぱりシンプルなのが一番だよね、と言っておいしそうに食べる彼女は、自分がどれ程パスタが好きかを力説すると今度は自分の好物について話し始めた。
講義ではいつも隣同士だったから、こんな風に長時間向かい合うことはなかった。
よく考えると、勉強以外で彼女と話したこともほとんどない。それに、今だってこちらは相槌を打っているだけだ。
本来なら僕も何か話すべきなのだろう。しかし僕はまともな会話なんて、ほとんどしたことがない。
だけど、そんな僕にでも今彼女に言えることがある。
「……沙羅。口の周り、ソース付いてる」
「え!? わっ! 本当だ! 恥ずかしい……」
店内の壁に貼られた鏡を見て沙羅はそう叫ぶと、顔を赤くして腕で口元を拭った。
「うわぁ……私本当にドジだなぁ。はじめ君も私のこういう所嫌でしょ……?」
そして彼女は顔をうつむけ、上目遣いで僕を見る。
その様子は本当に子どもみたいで。
「そんなことないよ。沙羅のそういうとこ、かわいいと思う」
その言葉に、沙羅は目を丸くして顔を上げる。
しかし、何よりも驚いたのは僕自身だった。
僕の口からそんな言葉が出たことは今まで一度としてなかったし、あの日から何かに対して『楽しい』とか『素敵だ』といった感情さえ抱いたことがなかったのだから。
一方沙羅はというと、さらに赤みを増した頬を掻きながら机に視線を落としていた。
「真顔で言われると、なんだか恥ずかしいな」
……真顔というより、表情が乏しいだけなんだ。
そんな言葉を飲み込み、代わりの言葉を探してみたが見つからない。
そうしている間にいつの間にか顔を上げていた彼女が、再び口を開いた。
「そうだな……でも――」
ふと訪れた、優しく空気が揺れるような感覚。そして――
「ありがとう」
そう言って、沙羅は笑った。
輝くような笑顔が、あの日の春香と重なった。
『今日で、お別れだね』
『…………』
『この公園に二人で来るのも、もう最後』
『…………』
『創。だからこれが、最後の宿題。最後の約束』
『……何?』
『幸せに、なること』
沙羅。君は少しだけ、春香に似てるんだ。
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