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春香が死んだと知らされたのは、それから半年後のことだった。
春香は、『私の分まで生きて』なんて言わなかった。
ただ、僕に『死なないで』と。
春香は何もかもわかっていたのだ。
僕には春香しかいないことを、そして自分がいなくなれば僕が僕でいられなくなることを。
そしてその通りになった。僕の世界は、輝きをなくした。
それから僕は。
心のどこかでやりたいと思ってたことさえ、見失った時も。
母が、大きく成績の落とした僕に『あの女が死んだりなんかしたせいだ』と喚き散らした時も。
それに対して、何一つ言い返せなかった自分に失望した時も。
両親が離婚して、ようやく一人になれたのに、結局何一つ変われなかった時も。
消えてしまいたかった。
何度も春香の所へ行きたいと思った。
だけど。
『幸せに、なること』
そう願う度に、その声が響いて。
ねえ、春香。ずっと会いたかった。
でも。君が握ってくれていた、手の温もりのお返しに、君の最も望まないことをするなんて、できる訳ないから。
だけど、君との約束を果たせそうもなくて。
だから、苦しくて。
「……ごめんなさい」
『死んだ』と口にしたっきり黙り込んだ僕を見て、怒ったと勘違いしたのか、もしくは傷付けたと感じたのか。
彼女の瞳からは大粒の涙がいくつも零れていた。
「泣くことないよ。沙羅が気にすることじゃな――」
「ごめんなさい!」
動揺した僕の言葉を遮って、立ち上がる沙羅。
椅子ががたん、と音を立てる。
「沙……羅…………?」
沙羅は、泣き虫だ。だけど、今日はいつもと様子が違った。
過呼吸に、なりかけている。
僕が呆然としていると、泣きながら無理矢理笑顔を作った沙羅。
「やっぱり私は……誰かに……迷惑かけることしか……できないね」
途切れ途切れにそう告げると、彼女はくるりと背を向ける。
「沙羅!」
僕の声がむなしく響き、彼女は店から飛び出してしまった。
そして訪れた静寂。
しかしそれとは対照的に、僕の心臓はうるさく音を立てていた。
あんな状態の彼女が、一人でいるなんて危なっかしすぎる。
そして何より、彼女を傷付けたのは、泣かせたのは僕だ。
沙羅――――
気が付くと僕は、沙羅を追って、駆け出していた。
太陽の光が、ひどく眩しかった。
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