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「比嘉桜、です」
綺麗な名前だな、と思った。
担任に促されて、窓際の席に歩いていく比嘉くんは注目の的だった。まあ俺もその一人だけど。
中三の四月の初め。始業式の日。
この時期に転校生なんてめずらしい。
みんながチラチラと比嘉くんに視線をやっているのを気にも留めていない、という様子で当の本人は机に頬杖をついて外を見ていた。
「ねぇそーや、聞いてよ」
始業式が終わり、生徒たちはぞろぞろと教室へ戻る。
「なに、どうしたの?」
肩を叩かれ後ろを振り返ると、染井さんがいた。
染井さんはふわふわとした女の子。
「ひがくんと話したかったんだけど、無視されちゃった」
言葉もどこかふわふわしているな。
染井さんが誰かの名前を呼ぶときはいつも平仮名に変換される。
「ムシ?」
「無視だって」
「どうして?」
「日本語わからないのかなあ。ひがくん帰国子女だしねぇ」
…染井さんは本気で言っているわけで、いわゆる天然というやつだ。
「なにかイヤなこと言っちゃったのかなあ」
しゅん、としたように長いまつげを伏せた。
「ううん、それは無いと思うよ」
「どうして?」
「染井さんはいい子だからね。会話のキャッチボールは難しいけど」
「ふうん。そーや、会話はボールじゃないよぉ」
また話しかけてみようかなあ。
嬉しそうに染井さんはスキップしてみせる。前の人の背中にぶつかっていた。
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