第肆話「吾子様御誕生」

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江島はこれ以上何も言わせまいとするかのように、錦小路の着替えをいそいそと手伝い始めた。 その頃二の丸御殿の水舞台では、詮房が能を舞い、その姿を広間の上座から家宣が白石らを伴って観賞していた。 音曲が止み、詮房が舞い終えると、家宣は詮房に拍手をおくった。 「見事じゃ詮房。修羅物は動きが激しく、足取りも難しい。そなたのように一点の狂いもなく舞えるとは、天性の才能じゃな」 「勿体ないお言葉でございます」 褒めたたえる家宣に詮房は深々と平伏する。 「うん、良い夜であった。ではそろそろお開きにするか。どうも酔うたようじゃ…」 と、家宣が腰を上げ、ふらつく足取りの主君を白石が支えようとした時、再び音曲が鳴り始めて、舞台の松明が赤々と燃え出す。 「──何事じゃ?」 家宣や白石らは驚き、舞台に目をやった。 すると、端然と座っている詮房が口を開いた。 「上様、どうぞご着座下さい。これよりお喜世殿の舞がございまする」 「喜世が……?」 「はい。上様に御披露するべく御習いあそばしたとか。どうぞ御覧じませ」 家宣は詮房に言われて、しぶしぶ座り直す。 暫くして、舞台上に天女の衣装に身を包んだお喜世が現れた。その美しさに一同は息を呑む。 お喜世は扇を広げ、舞台を大きく使って軽々と舞ってゆく。 お喜世の舞は美しく、巧みであり、誰が見ても溜め息を吐くほどに見事だった。 家宣もお喜世を食い入るように見つめ、その威風堂々たる舞に感心している。 そんな家宣に、詮房はここぞとばかりに耳打ちした。 「上様。…今宵は確か、奥泊まりの日でございましたなぁ」 「──」 翌朝。 大奥の御寝所で目を覚ました家宣は、二日酔いからだろうか、頭痛で頭を押さえた。 ぼんやりとしている目で辺りを見回すと、家宣の横でお喜世が眠っているではないか。 「……!?」 昨夜の事を何一つ覚えていない家宣は、その光景に驚き、思わず後ずさる。 どうやら自分はお喜世を召し出してしまったらしい…。 詮房によって仕組まれた事とはつゆ知らず、家宣はそう端的に結論付けた。
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