1413人が本棚に入れています
本棚に追加
/467ページ
シャン、シャン、シャン…
将軍の住まう「中奥」と、女達の住まう「大奥」を繋ぐ唯一の通路である御鈴廊下の鈴が、厳かに鳴り響いた。
将軍の奥入りを迎えるべく、御目見得以上の女中達が、御鈴廊下の長畳の左右にずらっと居並び、平伏してゆく。
「上様、御成りー!」
御鈴番の声と共に「御錠口」と呼ばれる杉戸にかけられた金色の錠前が、
係の女中によって素早く外されると、杉戸はスッと左右に開かれた。
御鈴廊下は、この御錠口で大奥と中奥の境を仕切っており、将軍以外の男子を立ち入らせない為に、普段から鍵をかけておく事が古くからの習わしだった。
時は宝永六年──。
大奥の境を踏み越え、廊下のとっつきに現れたのは、六代将軍・徳川家宣である。
家宣は、甲府宰相・綱重の嫡男であり、三代将軍・家光の孫にあたる。
世継ぎに恵まれなかった叔父、五代将軍・綱吉の養子に迎えられて、この年、めでたく将軍職を継承したのである。
家宣は平伏する女中達の中を昂然と歩んで行く。
居並ぶ女中達の先頭にいたのは、家宣の正室である御台所の熙子。
熙子は公家・五摂家の筆頭である近衛家の姫であり、父は関白太政大臣、母は後水尾天皇の皇女という最高の家柄と血筋を誇っていた。
家宣が自らの前を通り過ぎると、熙子は静かに立ち上がり、優しい微笑みを湛えながら、将軍の背に従って歩いて行く。
それから順に、前から次々と女中達は立ち上がると、列を成すようにしてその後に続いた。
将軍は奥入りすると、御台所と共に「御清の間」にて拝礼し、次に将軍生母の部屋へ挨拶に向かう。
その後、大奥の “ 御座の間 ” にて、御台所と共に御目見得以上の女中達から朝の挨拶を受けた。
この行事を「総触れ」といった。
家宣は御座の間に入ると、上段の中央に腰を下ろし、熙子もその傍らに稚児小姓を背後に従えて座った。
下段には女中達が居並び、家宣達と向かい合うようにして、ひれ伏している。
最初のコメントを投稿しよう!