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「大事ありませぬ。本丸に移ってより色々とありました故、少し疲れが出まして」
「そうか。今は大切な時じゃ。よう養生致せ」
「はい」
二人の側に控えているお須免は、夫婦らしく心が打ち解けていく家宣と熙子を、穏やかな気持ちで見ていた。
「…ん? 見慣れぬおなごじゃのう」
家宣がふいにお須免に目をやった。
お須免はすかさず頭を下げる。
「この者はお須免と申します。近衛家にて仕えていたのを、この度、私付きの上臈として大奥に出仕致しました。お見知りおき下さいませ」
熙子がお須免を紹介すると、家宣ははっと思い出したように熙子に告げた。
「そうじゃ、忘れるところであった。近々おなごを一人、中臈として大奥に上げる事と相なった。…お喜世という名のおなごじゃ」
「──お喜世殿…?」
「御小姓番士・矢嶋次大夫の養女でのう。大奥にての奉公を望んでおった故、桜田御殿で勤めておったのを此度召し出してやったのよ」
「まぁ、そうでございましたか」
「奥に入ってよりは、行儀作法、習わしなど、そなたの方からも色々とお教えてやってくれぬか?」
「それが上様の御意とあらば」
家宣に言われ、熙子はゆっくりと頷いた。
それから五日後。
お喜世は御中臈として本丸・大奥へ入って来た。
お喜世は駕籠から降りるなり、出迎えの御末達にかしずかれる。
その光景に、お喜世は何とも言えない優越感に浸っていた。
お須免の時と同じく、お喜世は大奥の広間にて御台所を始め、上級女中達に挨拶する。
「──矢嶋次大夫義充殿ご養女・お喜世殿。本日、皆様に御目見得でございます」
錦小路が述べた後、お喜世は畳に三つ指をついて一礼した。
「お喜世にございます。奥向きの御作法、しきたりなど、色々とお教え下さいますよう、何卒お願い申し上げまする──」
お喜世はまっすぐに前方を見据えて、広間の上段に座している熙子をじっと見つめた。
熙子はこの先対立していく事になろう女の顔を、この時初めて目にしたのだった。
(第弐話・終)
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