愛憎

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「どうすればいいのかな。 ひぃちゃんに、どうしてあげられるんだろ。」 紫月の部屋のベッドの上、膝を抱えた緑葉が顔を歪めた。 緑葉の言葉に、 布団を敷いていた手を止めて、紫月はキュッと唇を噛みしめた。 「何もしてやれねぇんだよ。 さっき、緋色に全て話したんだ。 だけど、アイツは大丈夫だって笑った。 いつも、いつだってそうなんだ…アイツは俺に弱味を見せないんだ。 蒼大くんを待ち続けたこの4年間も殆ど俺には涙を見せなかった。 アイツはいつも夜中に、店のカウンターの隅で音も立てずに膝抱えて独りで静かに泣いてんだ。 アイツはさ、どんなに近くにいても…俺を頼らない。 俺じゃアイツの支えになれねぇんだ。 俺に、俺たちにしてやれる事はないんだよ。」 敷いた布団に潜り込んで、紫月は小さく身を縮めた。 緑葉のすすり泣く嗚咽を聞きながら… 現実逃避をするかのように紫月は目を閉じた。 潮音が熟睡している事を確認して、緋色はそっとベッドからおりた。 涙を流し過ぎたせいか、 喉がカラカラに渇いていた。 冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して…一気に喉を潤した。 ジンジン痛む瞳を冷やそうと、タオルを濡らす。 静寂に包まれた部屋に、 波の音が響く。 緋色は誘われるように… 浜辺に足を運んだ。 寄せては返す波に視線を泳がせて緋色は波打ち際に立っていた。 この海が好きだ。 蒼大に逢わせてくれたのはこの海だから… あの日、電車から見えたこの海に心を惹かれなければ…蒼大には出逢わなかったのだから。 そっと目を閉じると、 潮の音が聞こえる。 穏やかな包み込むようなそんな優しい音。 そんな人になって欲しいと蒼大が付けた潮音という名前。 子供の名前をつける事を命名というのは、 産まれてきた子供に名前という生命を吹き込むから。 紫月が宿した命に、 蒼大が生命を吹きこんだ。 潮音には2人の父親の愛が宿っているんだ。 もう充分だと… その愛だけで生きていける、と緋色は思った。 かじかんで震える指先を手のひらで温め… 緋色は、そろそろ自宅に戻ろうと振り返った。 「蒼大…くん…。」 そこに立っていた蒼大に、緋色は目を見開いた。
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