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携帯がポケットで鳴り出した。
「もしもし。」
「ひぃちゃん?病院どうだったの?」
耳が痛くなるくらいの大声に、思わず耳から携帯を離した。
「ひぃちゃん聞いてる?
もしもし!もしも~し!!」
「あぁ、只の風邪だったよ。」
「よかったぁ~♪連絡ないし…帰ってこないからさぁ
何か大変な病気じゃないかなんて…黄馬が言うから心配してたんだよっ。」
「ごめんごめん。すぐ戻るよ。」
電話を切って緋色は重い腰を上げた。
「ただいまぁ。」
緋色は、賑やかな表通りから少し入った路地に佇むカフェバーの扉を開いた。
カフェの営業を終えて、準備中になっている店内は閑散としていた。
「おかえり。ひぃちゃん。
あんまり心配させないでよね。」
床にモップをかけながら振り返ったのは、岡野緑葉。
先ほど緋色に電話をかけてきた人物だ。
緑葉はファッション誌のモデルをしながら、このカフェバーを手伝っている。
「勝手に人を重病人扱いしたのはそっちじゃん。」
手伝うよって手を伸ばした緋色に、緑葉はテーブル拭いてって指示を出す。
「だってさ、黄馬がさぁ…。
ひぃちゃんが癌で、余命半年かもしれないなんて言うからさぁ…。」
「誰が癌だよ。ってか黄は??」
テーブルを拭きながら周りを見渡しても、黄馬の姿が見えない。
「あぁ、最新のゲームの発売日なんだって。
予約してたの取りに行くって出かけて行ったよ。」
人の事癌だとか言っておいて…自分はゲームかよ。
緋色は黄馬のマイペースぶりに苦笑した。
「ただいま。」
夜の営業の開店準備がととのった頃。
この店の主である有明黄馬が帰ってきた。
黄馬は叔父が遺したこの店をついで、マスターとして完璧な経営術で店を切り盛りしている。
「ひぃちゃん余命は?」
厨房で料理の下ごしらえをしている緋色に向かって黄馬が笑みを浮かべた。
「10ヶ月かな。」
手を休めることなくポツリと呟いた緋色に、
黄馬の顔色が変わる。
「マジで?」
「マジなわけないじゃん。
風邪だよ風邪、ただの風邪。
今、ちょっとビビった?」
緋色のからかうような口ぶりに…黄馬は唇を尖らせた。
「ひぃちゃんのくせに生意気。」
そう呟いてカウンターに座った黄馬は早速ゲームを始めた。
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