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「どうしたんだい?早く入りなさい」
「………はい」
鞋を脱いで座敷に上がりあの方の側に座る
「久しぶりだね翁。君を置いて消えた事、怒ってるかい?」
「勿論にございます」
「ふふふ、僕を嫌いになったかい?」
「……嫌いに、など…なれる訳がありましょうかっ!惟喬様…何とおいたわしいっ」
畳がぼやけ膝の上の拳が濡れる
「…済まなかった。辛い想いをさせてしまったな」
「惟喬ま……っ」
顎に手を沿えられそのまま口づけをうける
軽いものが次第に深くなる
口角を変え、互いの舌を絡め合う
今までの恨み
今までの憎しみ
今までの寂しさ
今までの狂おしさ
今までの愛
全てをぶつけた口づけだった
惜しむように銀の糸が繋がり切れる
「仏門に入った方が何をしているのですか」
「僕は特例なのだよ業平」
「……相変わらずですね」
「あぁ、僕は何も変わらないよ」
「でしょうね」
私は不機嫌な顔であの方はクスクスと笑っていた
そしてその後、長い間思い出話という名目で愚痴を零した
苦笑しながら聞くあの方に私は全てが満たされた
「惟喬様……」
「分かっている。もう時間だ」
「また会いに来ても?」
「また会においで」
チュッと軽い音をたてた触れるだけの口づけ
鳴呼、帰りたくなどないのです
再び零れた涙をあの方は笑って拭う
「忘れては 夢かとぞ思ふ思ひきや
雪踏み分けて 君を見むとは」
また会う日までこの歌を貴方にお預けしましょう
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