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それから水鶏はすっかりよくなり、歩けるまでになっていた
「……だよね?」
「えっ?」
「また聞いてないんだ……ぼーっとして」
「ごめん、何?」
「だから、俺の怪我が治ったら一緒に屋敷に戻るんだよね?」
「うん」
「よかった~」
必ず一日一度はこの確認をする水鶏
今更仲間と愛する人を裏切った僕に帰る場所などはない
「髪……」
「ん?」
「のびたね……綺麗な濡れ羽色の黒髪」
「水鶏も相変わらず綺麗な髪だよ」
「ありがとう」
どんな色にも染まる真っ白な髪
きっと心も同じなんだろう
翡翠色の鷺の髪が懐かしい
深い森のような翡翠色
「またぼんやり?」
「えっ……」
「ねぇ、孔雀」
「何?」
「どうして俺が日本にまで来たのか知ってる?」
嫌な程知っている
「さぁ……仕事?」
「相変わらず孔雀は嘘が下手くそだね……ホントは知ってるくせに」
「………水鶏」
テーブルに置いた手をそっと握りながら言った
「孔雀……俺は」
「お茶が冷めたから入れ直すよ」
「また逃げるんだね」
水鶏の言葉を無視してそっと手を離し、ティーポットを持ち部屋を出た
お湯が沸くまでの短い時間でも、まだ鷺を思い出してしまう
始めて抱きしめたのは……
始めてキスしたのは……
「あっ!」
沸騰しているお湯をポットに入れ、紅茶の葉をそっと入れた
鷺と一緒に飲む時に必ず二人で言った言葉
「一杯目はポットの為、二杯目はカップの為、そして三杯目は二人の幸せの為……」
そう言って笑う鷺と僕
昼下がりの幸せな時間
決して壊れる事のない時間だと信じていたのに
「孔雀?」
「あっ、今行く」
ポットを持って部屋に戻り水鶏のカップにそっと紅茶を注ぎ込んだ
「ありがとう」
「うん」
自分のカップにも紅茶を注ぎ、ポットをテーブルの上に置いた
黙って紅茶を飲んでいた水鶏が突然表情を変えて僕を見つめた
そう、この表情は仕事の時の残酷な顔
「もしかして、孔雀には好きな人がいるとか?」
ごまかす必要はない
「大切な人が居たよ」
「やっぱりね……だからいつもそいつの事を考えてるって訳かよ」
「嫌いで別れた訳じゃない……」
そう……
嫌いで別れた訳じゃないけど、弱い僕は水鶏を見殺しにも出来なかった
違う!鷺を護る為に……
だけど今更だね
僕にはどうする事も出来なかったんだから
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