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「行かないでっ!!」
雪の降る街で、紺色のコートを着た彼女は、彼を抱きしめた。
「ずっと……ずっと、ここにいなよ……」
彼女は温かい彼の胸に顔を埋めた。
彼は、明日には留学の為に渡米する。
彼の夢を叶える為に。
「マナカ……」
雪の結晶と共に流れる彼女の涙を払い、彼は彼女を抱きしめた。
自分の体に、彼女の全てを刻み込むような強さで。
「ごめん……。オレ、自分の夢を諦めきれない。どうしても、オレは……」
「ヒロト……っ。ヒロトぉ……うぐ…」
「信じてくれないか」彼は彼女の華奢な肩をがっしり掴んだ。「俺と……俺の、夢を」
「………」
彼女はしばらくの間、俯き黙り込んでいたが、涙目を彼に向けて口を開いた。
「……うん。……いって。行ってらっしゃいっ」
彼女は、目に涙を浮かべたまま、精一杯の笑顔を見せた。
それは彼にとって、どんなに得難い物だったろう……。
「マナカっ……!!」
「……ヒロト。きっと大丈夫。ヒロトならなれるよ……最高のミュージシャン!!」
彼はもう一度、強く彼女を抱きしめた…………
「陳腐」
隣に座っていた女性――僕の友達の――九条 智花は、何事かを小さく呟いた。
「え?」
僕が聞くと、彼女は結った髪を僕側に傾けて「陳腐、ね」玩具に飽きた子供のような声で言う。
君が誘ったんだよ。この映画……。
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