遺書

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 時刻にして午前二時零分。  この遺書の最後をつづるべき一文で、私は悩んでいる。  遺書と言えば聞こえはなにぶん物々しく思われるかもしれぬ。  だがこれだけは始めにいっておかねばなるまい。それは私にはこの世でやり残したことなぞは一つとしてない、ということだ。  本来であればこの遺書をしても、書かなければどうしても死ねぬ、というほどに大層なものではないのだ。  かくはあれど、私には遺書を書くことをもってでしか、これまで私を生かしてくれていた者への、ほんのせめてもの礼儀立てができぬとも思うのだ。  然るに私はこの遺書を完成させたいと思うのである。  今回は自ら命を絶つという手段に至った次第なのであるが、たとえ暴漢に殺されようが、突発的な不慮の事故に遭い死のうが、死ぬということにかわりがないのならば私には別段かまわなかった。  ただ贅沢を言わせていただけるならば、病魔に蝕まれ、長い苦しみに苛まれながら死んでゆくことだけは御免被りたくはあったが。  私の数少ない欲求として、生きている内は健康でいたいという欲求はあったのだ。
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